いっしょに話しているだけでホッとする、顔を見るだけで落ちつけるという友人が一人でも二人でも学校にいれば、とりあえずはそれで十分だ。そのうえで、ちょっとずつ、おそるおそる、「本当の自己」を出しながら、だんだん関係を深めていけばいい。「本当の自己」の部分をふやしながら、お互いに理解し合える親友を作ることが、思春期の課題といってもいい。アメリカのハイ・スクールの連中を見ていると、特定の親友がいるようにはどうにも思えない。たとえば、パーティには女友だちの同伴が暗黙のきまりだ。そのため、彼女がいない男は、どんな女の子であろうと必死になって説得して同伴してもアメリカは、彼女がいないだけでホモ、男同士で親密にしているだけでホモと思われてしまう不幸な岡だ。周囲の口がものすごくこわいから、「本当の自己」を出せず、表面的にうまくやっていく「偽りの自己」ばかりが前面に出てくる。大人になってからも同じで、アメリカでは、バーなどに行っても、男同士で飲み明かすような光景にまずお目にかからない。大人のパーティでも、当たり障りのない会話ばかりして、お互いのホンネは絶対に明かさない。思春期にできた人間関係のパターンは、その後の人生でできる人問関係にも持ち込まれる傾向がある。その意味で、思春期は、「偽りの自己」で固めなくてすむ親友関係を作る、いい「練習期間」になる。「本当の自己」を出せる余地を作り出し、精神的にバランスの取れた人間なることが、この時期のテーマなのである。