第二次大戦後は、戦前型家父長制度を象徴するものとして、戦後の民主化運動のなかでおこった「床の間廃止論」のまえに、あっけなく、ついえてしまった。あちこちの農家の床の間には、「家の宝」として電気洗濯機がおかれたこともあるし、新しいアパートには、ふたたび床の間が姿をあらわすことはなかった。かんがえてみると、明治に床の間ができたときでさえ、大多数の庶民は、そこにかけるべき掛軸をろくにもたなかったほどだから、それも当然の床の間の運命だったかもしれない。
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とはいうものの、やっぱり座敷には床の間がなければおちつかず、生活のゆとりとしても、そのていどのものはほしいと、生活に余裕のできた最近になって、日本の多くの亭主は、ふたたび心のなかで、床の間に郷愁をおぼえはじめているのではないか。それなら、茶室のように、純粋に美的鑑賞空間として、客とともにそれをたのしむ揚としての床の間の再生をはかってはどうだろう。「床の間にすえる」ということばが、しばしば人間を「飾り物」視する意味につかわれるように、床柱を背おった客と主人との対話では、とおりいっぺんの儀礼以上に、ほんとうにしたしい交際ができるかどうか疑問である。